【パッドの役割 8】レゾネーターの機能は顧みられなくなった

サックスパッドのレゾネーター(共振板)が機能するためには、その裏側(パッドとキーカップの間)に空間が必要なのだということを、前回書きました。
 
現在も老舗であるセルマー社は、シェラック(接着剤)を少なく使い、パッドの裏側に空間を作る伝統的な方法でパッドを取り付けているようです。
 
私は全てのモデルを網羅して知っているわけではないのですが、それ以外の現行のメーカーでは、パッドの裏側のスペースはシェラック等で埋められることが多いようです。
ここまで読んだ方は分かると思いますが、パッドはリフレクターとして取り付けられていて、レゾネーターとしての役割はあまり顧みられなくなったということです。
(昔の名残でメーカーは今もこの部分を「レゾネーター」と呼んでいますが。)
 
レゾネーターをわざわざ振動しないようにしているわけですから、不思議な取り付け方のように思います。音色も吹奏感も大きく違うはずですが、メーカーはそれも想定した上で音作りをしている・・・、ということなのでしょうか。
 
(動画はオールド・セルマーのオリジナルパッド。一枚目がMark VI、二枚目がMark VIIです。レゾネーターに弾力があることが分かります。シェラックが少なくレゾネーターの裏側に空間があるためです。)
 

【パッドの役割 7】共振しなければレゾネーターではない

サックスパッド(タンポ)の三つ目の役割、レゾネーターとしての役割について書いています。

マイクロフォンの振動板で、ダイアフラムというものがあります。

ダイアフラムは音波に共振することで、その音を捉えます。ですのでダイアフラムというのは、共振板(レゾネーター)といえなくもありません。

下記のリンクを見てもらえると良く分かりますが、このダイアフラムもやはり弾力のある形状になっています。

「マイクロホンの内部構造」オーディオテクニカ

これまで例として挙げてきたレゾネーター・ギター、ピアノの響板、ダイアフラム。こうしたレゾネーター全てに共通しているのは、弾力があり、振動するようになっていることです。

サックスのパッドも、いわゆるヴィンテージサックスといわれる昔のものは、多くが弾力のある取り付けになっています。
(ビュッシャー・スナップオン・パッドやセルマー・パッドレスなどの例外はあります。これらは構造的にそうした取り付けができない。)

写真はセルマーのマークVIのオリジナルのパッドです。
(二枚目はマークVII、三枚目はヴィンテージ・マーティン)

また、ヴィンテージ・コーンのレゾパッド。
「レゾパッド」サックス専門店ウインドブロス

どれも使われているシェラック(接着剤)がかなり少ないことが分かります。

パッドの端の部分にだけシェラックが付いていて、中心の台紙の部分には付いていません。つまりレゾネーターの裏側(キーカップとパッドの間)に空間ができるように取り付けられています

そのため、取り付けられたパッドを上から押すと、レゾネーターがわずかに動きます。パッド裏の台紙がバネのように作用しており、弾力があるのです。ダイアフラムと形状が似ていますね。

こうした弾力のある取り付けになっているから、レゾネーターはサックスの原音(気柱の振動)に共振・共鳴することができます。そしてそれが、サックスの音に厚みや深みといった様々な色彩を付加している。これがパッドの三つ目の機能、レゾネーターとしての機能です。

ですので、サックスのレゾネーターとは、本来はその裏側に空間があることを前提にしている言葉です。

もしキーカップとパッドの間がシェラック等で埋められていたなら、パッドはレゾネーターとしての音響的な機能を併せ持っていません。振動しないからです。言うなればそれらは、音響的には純粋なリフレクターです。

(現在は、製造やリペアの現場で、この空間は埋められることが多いようです。)

以上が、少し分かりにくいサックスパッドのレゾネーターとしての役割です。

パッドの機能というのはおそらく多くの方が思うよりも複雑です。パッドはトーンホールを閉塞し、同時に音を反射するものでもあり、またそれ自体が共振している。

このように三つの役割を併せ持つようにするのが、伝統的なパッドの取り付けなのです。

 

【パッドの役割 6】ピアノやギターにもあるレゾネーター

サックスパッド(タンポ)の三つ目の役割、レゾネーターとしての役割について、例を挙げながら書いています。

ピアノの響板やギターの表板もレゾネーターです。これらは英語でサウンドボードといいます。

過去のサックスの資料を読むと、「(パッド中心の)メタル・ディスクがサウンドボードのように機能する」とあります。

1938 Conn Res-O-Pads “Metal disc acts as sound board”

ピアノの響板は基本的には前回説明したレゾネーター・ギターのレゾネーターと同じ構造です。前回はドンブリの様な形でアルミ製でしたが、ピアノの響板は平板で木製です。

「ピアノのしくみ 音が出るしくみ」YAMAHA楽器解体全書

「Grand Piano Stringing」wengleemusic.com

響板の上にブリッジ(駒)が取り付けられており、そこに弦が張られています。弦が振動すると、ブリッジを介して響板が共振するという仕組みです。響板は厚さ8ミリ程度の薄い板です。だから振動するのですね。

「Grand Piano Bridge」wengleemusic.com

また、響板を木製にすることで、高い周波数をカットし、音にまろやかみを持たせているそうです。このように響板はピアノ音作りにも深く関係しているのです。

「ピアノの響板は響かせないための板でもある」YAMAHA楽器解体全書

また、ギターの表板も英語ではサウンドボードです。

表板の裏側にはブレイシングという複雑な補強板が取り付けてあります。その補強板の取り付け方で共振のしかたが変わり、音色に大きな変化があるようです。

「ブレイシングとはなんぞや」クロサワ楽器

ブレイシングをどのように張るかはギター職人それぞれのこだわりがあって、そのことは『アコースティック・ギター作りの匠たち』に詳しく書かれています。

『アコースティック・ギター作りの匠たち』Amazon

私はギターは弾けないのですが、読んでいて楽しい本です。職人たちの並々ならぬ情熱を感じます。

このようにサウンドボード(レゾネーター)というものは、それ自体が振動するものであり、また楽器の音作りにとって重要な機構なのです

次回はサックスの話に戻ってきます。

【パッドの役割 5】レゾネーターとは何か

サックスパッド(タンポ)の三つ機能、一つ目はトーンホールを閉塞する機能、二つ目はリフレクターとしての機能、今回からは三つ目のレゾネーターとしての機能です。

技術者も含め、おそらく多くの人が混同しているのですが、レゾネーターとは、リフレクター(反射板)とは全く違う意味です

レゾネーターとは、共振板、共鳴板という意味です。過去のメーカーは、明らかにパッドにレゾネーターとしての役割を想定していました。

https://www.saxophone.org/uploads/museum/20/38020_814_1246.jpg
1950 Selmer Super Balanced Action “Resonators”

https://www.saxophone.org/uploads/museum/34/16534_1015_1317.jpg
1935 King Zephyr “Resonating Disk”

https://www.saxophone.org/uploads/museum/29/24629_765_984.jpg
1948 Martin The Martin “Resonating Metal Disk”

多くの場合、パッドの中央に取り付けられたプラスティックや金属の円盤がレゾネーターと呼ばれています。しかしそれだけでは機能を理解しにくく、パッドの取り付けまでを含めて考える必要があります。

レゾネーターとはどのようなものでしょうか。

レゾネーターという言葉は、サックス以外の楽器でも使われているものがあります。その名もそのままですが、レゾネーター・ギターという楽器もその一例です。1927年に最初のものが発売されました。

音を聴けば分かると思いますが、カントリーやブルースで使われるものです。この味わい深い音色がレゾネーター・ギターの特徴です。

構造をみると、ギター内部に薄いアルミでできたドンブリのようなものが入っていて、それがレゾネーターです。

その上にブリッジという部品が取り付けられて、そこに弦が張られている。弦が振動すると、その振動がブリッジを通してレゾネーターに伝わり、共振を起こします。

この動画の2分過ぎを観ると、レゾネーターには弾力があるということが分かります。弾力がないと振動しないからです。このレゾネーターが弦と共振することによって、このギターの独特な音色になるのです。

こうした適度な弾力があることが、レゾネーターのポイントなのです。(←コレ大切)

 

【パッドの役割 4】最高のリフレクターを持つ、セルマーパッドレス

パッド(タンポ)の二つ目の役割、リフレクター(反射板)としての役割について。続きです。

サックスの歴史の中で、リフレクターという意味では最高の設計と思われるサックスが1941年に発売されます。

1941 Selmer Padless

大戦でフランスからの部品供給が途絶えたセルマーUSAは、ビュッシャーに委託して「パッドレス」の製造を開始します。

このサックスはリング状のパッドがトーンホール側についているそれまでとは変わった設計のサックスです。

トーンホールの面積全部が硬い金属板で閉じられるので、無駄なく音を反射すると謳われています。またリング状のパッドの面積分全てが金属板と接触するので、閉塞する性能も3倍から9倍アップ!とのことです。

ところが表紙にあるように5年以上かけて開発したパッドレスは、わずか5年後の1946年に販売を終了します。その後、この設計が継承されることはなく、通常のパッド形式のサックスに戻ります。

なぜこの設計が継承されずに短命に終わったのでしょうか。

理由は定かではありませんが、私が想像するにはパッドの三つ目の役割がほとんど考慮されていなかったからかもしれません。

パッドの三つ目の役割とは、レゾネーターとしての役割です。

 

【パッドの役割 3】パッドのリフレクターの機能

パッド(タンポ)の二つ目の役割は、リフレクター(反射板)としての役割です。

過去のサックスの資料では、パッドの説明にReflect(反射)という言葉が出てきます。

https://www.saxophone.org/uploads/museum/03/32903_1336_1881.jpg
1922 Conn New Wonder

“reflecting them (sound waves) instead in full volume on their proper course”
「音波をフルボリュームで、かつ正しい方向に反射する」

音量や音色の輝かしさを得るために、パッドは徐々に音をより反射するように改良されます。パッドに金属やプラスティックの円盤が取り付けられるようになった理由の一つは、音を反射する性能をアップさせるためのようです。

1954 Selmer Mark VI

ここでは金属の円盤を「トーンブースター」という呼び方をしています。

ブースターはトーンホールのリムの大きさ近くまで大きく、出音を大きくする、音質を明るくすると書かれています。

つまりはリフレクターとしての機能について言及しています。円盤をトーンホールの大きさに近いほどに大きくすれば、効率良く音を反射するということです。

 

【パッドの役割 2】パッドのトーンホールを閉塞する機能

私が思うには、メーカーはパッドに主に三つの役割を併せて持たせていました。

まず一つ目のパッドの役割は、当たり前ですが、トーンホールを閉塞する役割。

パッドに今と同じように金属の円盤が取り付けられるようになったのは1930年代くらいのようです。その前はパッドの中心に円盤ではなく、リベットが打たれていました。(さらにもっと前はリベットも中心に何もないパッドでした。)

何も付いていないパッドだと、湿気を吸収して徐々に膨らんでしまい、その防止のために中心にリベットが打たれるようになったようです。

1927 Martin Handcraft

1927年のマーティン社の説明では、”Center Rivet Prevents Swelling” 「中心のリベットが膨張を防ぐ」とあります。
(現在は革に防水加工がされているものもあるので当時よりもっと状況は良いでしょうけど)

このようにリベットやレゾネーターを取り付けることでパッドがしっかり閉じる性能をアップさせていたんですね。

ちなみにビュッシャー社の説明で膨張したパッドが描かれています。さすがにこうなる前には気づくとは思いますが。(笑)

1930 Buescher Snap-On Pads

 

【パッドの役割 1】過去の資料から読み解くパッドの役割

私は、十年以上前から自分が使うサックスの調整は自分でしているのですが、大変奥が深いです。設定のちょっとした違いで音色や吹奏感に大きな変化があります。

中でも、パッド(タンポ)の取り付けはリペアの中心といってもよいくらい、大切な技術です。

このサイトに載っている過去のサックスの資料を読み解くことで、過去のメーカーがパッドをどのように考えていたのか、その変遷を見て取ることができます。

そして、サックスのパッドの取り付けは、単にトーンホールが閉じるというだけではなく、音色や吹奏感に大きく関わっています。