【パッドの役割 13】コーン・レゾパッド (Conn Res-O Pads)

忙しさにかまけてサックスパッド(タンポ)の記事が途中になっていますが、もう少し書きたいことがあります。

パッドの記事を書いてから、リペアマンの方々から、直接的、間接的にご意見をいただきました。実際に比較検証した方には好評のようです。どなたも「このような考え方は初耳」とおっしゃっていたので、やはりレゾネーターの機能は廃れてしまっているようですね。「しかしこのようなやり方は面倒すぎて仕事ではやってられない」という意見もいただいたので(笑)、廃れてしまった理由は取り付けが面倒というのも大きいのでしょう。

さて、今回はコーンのレゾパッドの話です。1910年代から40年代くらい(?)にコーン社で採用されていたパッドの方式です。

持っていたレゾパッドは紛失してしまったので、リンクを貼っておきます。分解したところが載っています。

コーン・レゾパッドの構造 (Conn Res-O-Pads)

特徴は、パッドの側面に金属のリングが入っていることです。その側面のリングがキーカップの縁と組み合い、キーカップの底までパッドが到達しないようになっています。例えると、フライパンの蓋のようです。普通のパッドはいわば「落し蓋」ですね。

わざわざリングを入れてそのような構造にしているのは、パッドの側面のみを固定するためだろうと思います。逆に言うと、パッドの裏側全面を接着しないためです。そうすることで、レゾネーターがより共振しやすくしていたということです。だからこそ『レゾ』パッドなのでしょう。

(このことからも、かつての技術者が、パッド・レゾネーターとは裏側に空間がある振動板だと捉えていたことはまず間違いがないように思います。)

しかしこの方式では、パッドをキーカップに対して傾ける調整が、構造上全くできません。取り付けや交換はかなり面倒だったのでしょう。そのためかこの取り付け方式を採用していたメーカーはコーン社のみです。

私は別に「ヴィンテージサックス信者」ではないのですが、音色に魅力を感じて手に入れるサックスは大体がヴィンテージ品です。

操作性やピッチバランスに難があるものもあるのですが、やはり音の厚みや深みがよく考慮されていたものが多かったように思います。ヴィンテージサックスにいまだに多くのファンがいるのは、ノスタルジーのためだけではないと私は思います。

パッド・レゾネーター以外にも、現在は意味がよく分からなくなってしまった、あるいはコストに見合わず省かれたようなアイデアが、設計に盛り込まれていたのかもしれません。

 

【パッドの役割 12】倍音豊かな音作り

今年もあと僅かですね。

毎年の正月のテレビ番組で、「芸能人格付けチェック」というものがあります。様々な分野の芸能人が、高級品と安価な品の違いを見極められるのか、テストされるバラエティ番組です。

その中で、ストラディバリウスなどの超高級楽器と初心者用の楽器とを芸能人がブラインドテストで聴き分けるというのがあります。

テレビ番組によくあることで値段にこだわりすぎのきらいはありますが、楽器の音色を比較できる良い機会なので毎回楽しみに観ています。(来年の正月もあるようです。)

私には全く違いが分からないものもありますが、弦楽三重奏とかは比較的聴き分けやすいです。判別するコツは、倍音に留意して聴くことです。

倍音とは一つの楽音に含まれる様々な周波数のことで、音色の決め手になっているものです。

下の倍音についての動画では、倍音(overtones)を含むほどひずんだ音色、複雑な響きなっていくことが分かります。

倍音を知るには、下の動画もとても良いと思います。

中村明一氏によると、倍音には大きく分けて二種類、整数次倍音と非整数次倍音とがあります。(これは中村氏独自の分け方かもしれません)

整数次倍音とは、いわゆる一般的にいわれる倍音のことで、多く含むほどジリジリ、ビリビリと音色がひずみ、迫力を増します。

非整数次倍音とは、ノイズ成分のようなもので、サックス奏者に分かりやすいのはサブトーンの音です。ズズズズ、とかカサカサいうような音です。多く含むほど音は暖かみやまろやかみを増します。

こうした倍音をある程度多く含む楽音が、伝統的には豊かな音色といわれているのです。

倍音に留意して弦楽三重奏などを聴いてみてください。きっと違いが判別できると思います。安い楽器は倍音が貧弱か、とても耳障りです。ストラディバリウスのような高級な楽器は倍音が豊かで、音の太さがずっと太く感じられると思います。

こうした弦楽器が高価な理由の一つは、こうした音色の差なのだろうと思います。つまりレゾナンス、レゾネーターの機能の差に、億単位の価値が生まれているのです。

以前書きましたが、ギターでもピアノでもより美しい共鳴音、倍音を得るために心血を注いでいます。(『格付けチェック』にはピアノやギターの聴き比べもあります。)

面白いのは、2017年の正月の回でミュージシャンのGackt氏が「(安い楽器の方が、)ハーモニーが一見綺麗に聴こえるので引っかかりやすい」と述べています。確かに、倍音が少ない楽器の方がクリアで音の重なりもスッキリ聴こえる場合もあります。

この指摘は、私が長く書いている「現在のサックスレゾネーターはほぼ機能してない」ということと通底していると思います。

現在のサックスはレゾネーターを共振させない取り付け(フローティング)が一般的です。そのほうが雑味が少なくクリアで硬質な音色になります。要するにそれは倍音が少ないということです。

かつてのサックスの音作りはもっと倍音の豊かさを大切にしていたと思います。だからこそパッドレゾネーターというものをわざわざサックス独自に発明し、手間をかけて取り付けていたのです。それを使わないのはとても勿体ないことだな、と私には思えてなりません。

それでは、良いお年を。

The SAX vol.91 (ザ・サックス) 2018年11月号

The Sax誌 2018年11月号に奥津マウスピースに関する記事が載っています。

The SAX vol.91 (ザ・サックス) 2018年11月号 amazon

「いま注目すべきマウスピース22本」という記事の中で、製作者が書いたコメントとともに、最近話題のマウスピースが紹介されています。奥津マウスピースで紹介されているのは、ヴィンセントへリングのカスタムモデルと、アルト、テナーのトラディショナルモデルの三つです。是非読んでみてください。

ところで、ブログやフェイスブックなどで、私はサックスのレゾネーターについて長く書いています。

レゾネーターを含むパッドの取り付けは、サックスの音作りの大きく左右している技術なのですが、時代とともに変質してきているという内容です。つまり製造やリペアに必要な設計思想の一部が、どうも継承されていないように思える、という話です。

実はこうした事情は、サックスのマウスピースにも同じようにあります。マウスピースは本来は製作に手間がかかる上に、なかなか高値では売れない分野なので、そうした設計上のアイデアの変質というのはより顕著かもしれません。

私がサックスマウスピースの販売を始める前に、三年間、試作を繰り返していた時期がありました。

当時、CNCを使いハンドフィニッシュで丁寧に作れば 、高品質のマウスピースはすぐにできると思っていました。だいたい一年程度ですぐにできるだろうと。しかしどんなに精度を上げて作り上げてもなぜか品質は上がらず、プラス二年、膨大な試作品を作ることになりました。

その結果分かったのは、品質が上がらない原因の多くは精度の問題ではなく、私が設計上の様々なアイデアを理解していなかったからなのです。

レゾネーターの話でもそうですが、なぜパッドの裏側には空間があるのか、なぜその形状にならざるを得ないのか、それを理解していなければレゾネーターは機能しません。つまり作り手の設計についての理解度が、結局は製品の品質を分けているのです。

マウスピースも同じで、作り手がカラクリを理解していなければ、どんなに精密な工作機械を使っても、どんなに丁寧にハンドフィニッシュしても無駄だということなのです。

私は大学では歴史を専攻していたのですが、多くの技術革新は精度の向上ではなく、設計思想の更新によってもたらされるものです。銃器の発展、自動車の発展、楽器の発展でもそうですし、ジャズミュージックの発展でもそうでしょう。

マウスピースの開発にかかった三年間で理解したのは、かつて作られていた名品といわれているものに、様々なアイデアが盛り込まれていたかということ。そしてその合理的な組み合わせが考えられていたということです。しかしそうしたアイデアは、現在では継承されていないものも実に多いのです。

かつての技術者が持っていたアイデアを継承し、手間をかけて実直に作られたマウスピースが、今後のジャズサックスには必要だと思います。私が製作しているマウスピースは、かつての名品のコピーにとどまることなく、より洗練されたものになっているはずです。

「The SAX vol.91 11月号 」、是非参考にしてみてください。

 

 

【パッドの役割 11】サックスレゾネーターの音響的効果

パッドの取り付け方でサックスの音色がどう変化するのか。前回とは逆に、シェラックを減らしてパッドの裏側に空間を作ると、レゾネーターが振動し、音色に変化を与えていることが分かります。ほとんどの奏者が違いを認識できるくらい、大きな違いがあります

キンキンした硬くて耳障りな音の成分が弱まり、より柔らかい音色になります。音色に木管的な暖かみや、プラスティックレゾネーターであればジリジリ、ビリビリというひずんだ音が付け加わっているのが分かります。より厚みのある、複雑な音色になります。

音がベルからのみ出ている感じではなく、楽器全体が響いている感じです。レゾネーターが振動する分、振動が楽器全体に分散されるので、ベルから出る音量自体は減るように感じます。音に膨らみがあって、吹いた音に余韻があり、音のつながりも良いです。ただ、奏者によっては雑味が多く音が濁っている、「遠鳴り」しないと感じるかもしれません。

パッドの裏側に空洞があるのでパッドの弾力は増し、また気柱の振動が直接キーカップに伝わらないためか、より少ない力でパッドを閉じることができるように思います。

このセッティングを吹いて思うのが、50、60年代とか、昔に録音されたサックスの音色のようだということ。試奏した藤陵氏も「こっちのほうがより古いサックスの音色になる」とコメントされていました。レコーディングされたサックスの音色が年代によって違うのは、録音機材の違いだけではおそらくないのでしょう。

私が比較に使ったのはセルマーマークVIやVIIなどオールドのセルマーですが、こうしたセッティングの音色、吹奏感が、当時の設計者が想定していたものなのだろうと思います。ヴィンテージサックスを好んで買い求めるような方であれば、こうしたセッティングを好む奏者は多いのではないかと思います。

(ただし注意点もあって、後に書きますが長時間のエイジングが必要です。)

考えてみると、このようなカラクリで音に厚みや深みを加えているのはサックスという楽器だけです。サックス以外のリード楽器(クラリネット、オーボエ、ファゴットなど)は管体が木製なので、こうした機構が無くても音に厚みを持たせられるということのなのでしょう。

(写真はアメリカン・セルマーの12万番台。ヴィンテージセルマー使用者が集まると、何万番台が良いとか、オリジナルラッカーが、とかマニアックな話になります。そうした話題は実に楽しい。現状、ほとんどのヴィンテージセルマーは、設計者が想定したオリジナルの音色とは違うのではないか、と頭をよぎりますが、まぁ、楽しいから良いのです。)

【パッドの役割 10】パッドの取り付け方で音が変わる

セルマーや、多くのヴィンテージサックスのメーカーのオリジナルの取り付けは、パッドの裏側には空間が作られています。すでに書いたように、これはパッドにレゾネーターとしての機能を持たせるためです。

しかし現在、サックスの大多数のパッドが、キーカップとパッドの間をシェラックで埋める方法で取り付けられています。(そうした方法は海外では「フローティング」と呼ばれています。)

この二つの方法で、どのような変化が生まれるのか、比較して確かめたことがあります。同じモデルのサックスを一方はフローティング、もう一方を伝統的なパッディングで取り付け比較します。また、私の師匠の藤陵雅裕氏にも吹いていただき、助言をいただきました。

まずフローティング(パッドの裏側が埋まっている)ですが、音量が確かに大きくなります。とにかくガッチリ鳴る感じです

それはパッドの中心の円盤がより固定的に取り付けられているからだと思います。コンクリートのトンネルの中で大きな音を出すとその反射が大きくなるように、サックスの内部の壁面も硬く固定的なものにしたほうが、反射音は増えます。言い換えると、以前説明した「パッドのリフレクターとしての機能」はアップするということです。

マウスピースから出た音はそのままダイレクトにベルまで届き、音量が大きくなります。楽器全体が鳴るというよりも、音の多くがベルから出ている印象を受けます。サックスの音がベルから前方に飛ぶような、指向性のある鳴り方になります。

音色も、雑味が少ないクリアな音色になります。音に伸びやかさ、膨らみといった要素が少なく、輪郭のはっきりした硬質な音色になります。人によってはキンキンと耳障りに感じるかもしれません。音に余韻が少なく、音と音の繋がりに難を感じるかもしれません。

つまり、レゾネーターの裏を埋めて機能させないということは、ピアノの響板やバイオリンのボディを接着剤で固めているようなことなので、音に膨らみが無くなるのは当然といえば当然です・・・。

パッドの裏側を埋めてキーの開きを広くとり、バンバン鳴らすセッティングにする工房が「リペアの上手い工房」として繁盛店になる傾向がありますし、大きな音が出るというは多くの奏者にとって分かりやすい魅力なのでしょう。ただ、それが本当に音楽的に表現力の高い楽器なのかは、私には大いに疑問です。

逆に、シェラックを減らしてパッドの裏側に空間を作るとどう変化するのか。それはまた次回。

 

Function of Sax Pad Resonator was Forgotten – Defect of “Floating”

“FLOATING” IS WIDELY USED

Many repairers ( and many modern manufactures ) install saxophone pads by a method called “floating” (float padding). “Floating” is to make a layer of shellac on a key cup and float a pad on it. A large amount of shellac is used to fulfill the space between the key cup and the pad. Repairers can adjust the inclination of pads easily, so the method is widely used.

I think that “floating” has a serious defect. It cancel the function of sax resonators, and it makes the tone thin.

 

RESONATORS MUST BE ELASTIC

Resonators are objects that vibrate in response to other vibrations. So resonators must be elastic. The sound board of the piano and violin and guitar, the resonator of the “resonator guitar”, the microphone diaphragm, all resonators are elastic.

For example, the sound board of piano is a thin board. Its thickness is only 8MM. So it has the elasticity, and it can resonate with the vibration of piano strings.

 

SAX PAD NEEDS A HOLLOW SPACE ON THE BACK SIDE

King, Martin, Selmer, Conn….. many old manufacturers used a small amount of shellac to attach pads. It was to make a space between the pad and the key cup. (It seems that Selmer still installs pads in this way.)

These are original pads from vintage saxophones. You can find a little shellac was used.
(1. Selmer Mark VI  2. Selmer Mark VII  3. Vintage Martin)

When you press the original resonator, it moves slightly. And you can find it is elastic. So the resonator can resonate with the vibration of the air column. It looks like a microphone diaphragm or a speaker cone. If there is no hollow space on the back side of the resonator, it is not elastic and does not resonate.

 

MANY SAXOPHONES LOST RESONANCE

In “floating”, there is no space between the pads and the cups. So currently, most of the sax resonators make no resonance. I think that many repairers ( and many modern manufacturers ) think that the pad center disks are reflectors. And they think that the cup spaces of the old saxes were made mistakenly.

 

ACOUSTIC ROLE OF THE PAD RESONATORS

When you make hollow spaces in the key cups, you will find that the resonators work and enrich the tone. You can get more complicated tone with much overtones. And you will also find that the type of the material of the resonators changes the tone. Many repairers and players can not find the difference in material because quite a lot resonators aren’t working.

 

PADS NEED “BURN IN”

“Padding with space” have an additional feature. Pads need long time “burn-in” (break-in) like speaker cones. The pads just after installation make only small resonance oviously. I think it is because that the back cardboards of the pads are not used to resonate. To get good resonance, players must have time and patience and skill.

 

THE ROLE OF SAX PAD RESONATOR WAS FORGOTTEN

I think “floating” was begun as a simple method to install pads quickly. It was also convenient for players because it was unnecessary to spend time for “burn-in”. It was easy both for players and for engineers. But engineers changed generations, the function of the pad resonator was forgotten. And many saxophones lost their original rich tone.

 

【パッドの役割 9】サックス・レゾネーターの大多数は機能していない?

キーカップとパッド(タンポ)の間の空間をシェラック(接着剤)で埋める取り付け方は、リペア技術者の間でも一般的で、パッドの交換時には多くのパッドがこの方式で取り付けられています。

実際に私が試奏したり分解したサックスで、意図的に空間を作ってパッド交換されていたものをみたことがありません。

こうした「埋める」方式は、英語ではフローティング(floating)と呼ばれています。シェラックの層を作り、その上にパッドを「浮かべる」といった意味です。「Sax On The Web」を読んでも、圧倒的な多数派のようです。

典型例は、このようなやり方です。
https://www.youtube.com/watch?v=q0n00Em_AGM

様々なリペアのブログを読むと、このような取り付けはパッドをキーカップに対して傾ける調整方法がしやすく、リペア技術者の間では好まれているようです。逆に「セルマーの初期設定はシェラックが少なく、調整がしにくい」と言われてしまうこともあります。

多くの記事や事例の中で、私が見つけた唯一の例外があります。Ernest Ferron著『The Saxophone Is My Voice』(サックスの構造や調整に関する書籍)の中に、”Leave a one millimeter space between the card and the key”とあります。(P.69) 『台紙とキーの間に一ミリのスペースを空けなさい』という意味です。なぜそうすべきなのか、理由は書いていませんが。

前回の話と総合すると、現在、サックスの「レゾネーター」は、実際にはその大多数がレゾネーターとしては機能していない、と私には思えます。しかしそのことを不思議に思う人はいないようです。

現在主流の、この「埋める」フローティング方式ですが、私も試したことがあります。そのときに音色や吹奏感にどのような違いがみられたのかは、また次回に書きたいと思います。

(剥がしたパッドの写真。一番上はセルマー・マークVI(アメセル)のオリジナル。次が国内の工房で交換されたもの。一番下がアメリカの技術者によるもの。アメリカ人はシェラックよりもホットメルト系の接着剤を好むようですね。)

【パッドの役割 8】レゾネーターの機能は顧みられなくなった

サックスパッドのレゾネーター(共振板)が機能するためには、その裏側(パッドとキーカップの間)に空間が必要なのだということを、前回書きました。
 
現在も老舗であるセルマー社は、シェラック(接着剤)を少なく使い、パッドの裏側に空間を作る伝統的な方法でパッドを取り付けているようです。
 
私は全てのモデルを網羅して知っているわけではないのですが、それ以外の現行のメーカーでは、パッドの裏側のスペースはシェラック等で埋められることが多いようです。
ここまで読んだ方は分かると思いますが、パッドはリフレクターとして取り付けられていて、レゾネーターとしての役割はあまり顧みられなくなったということです。
(昔の名残でメーカーは今もこの部分を「レゾネーター」と呼んでいますが。)
 
レゾネーターをわざわざ振動しないようにしているわけですから、不思議な取り付け方のように思います。音色も吹奏感も大きく違うはずですが、メーカーはそれも想定した上で音作りをしている・・・、ということなのでしょうか。
 
(動画はオールド・セルマーのオリジナルパッド。一枚目がMark VI、二枚目がMark VIIです。レゾネーターに弾力があることが分かります。シェラックが少なくレゾネーターの裏側に空間があるためです。)
 

【パッドの役割 7】共振しなければレゾネーターではない

サックスパッド(タンポ)の三つ目の役割、レゾネーターとしての役割について書いています。

マイクロフォンの振動板で、ダイアフラムというものがあります。

ダイアフラムは音波に共振することで、その音を捉えます。ですのでダイアフラムというのは、共振板(レゾネーター)といえなくもありません。

下記のリンクを見てもらえると良く分かりますが、このダイアフラムもやはり弾力のある形状になっています。

「マイクロホンの内部構造」オーディオテクニカ

これまで例として挙げてきたレゾネーター・ギター、ピアノの響板、ダイアフラム。こうしたレゾネーター全てに共通しているのは、弾力があり、振動するようになっていることです。

サックスのパッドも、いわゆるヴィンテージサックスといわれる昔のものは、多くが弾力のある取り付けになっています。
(ビュッシャー・スナップオン・パッドやセルマー・パッドレスなどの例外はあります。これらは構造的にそうした取り付けができない。)

写真はセルマーのマークVIのオリジナルのパッドです。
(二枚目はマークVII、三枚目はヴィンテージ・マーティン)

また、ヴィンテージ・コーンのレゾパッド。
「レゾパッド」サックス専門店ウインドブロス

どれも使われているシェラック(接着剤)がかなり少ないことが分かります。

パッドの端の部分にだけシェラックが付いていて、中心の台紙の部分には付いていません。つまりレゾネーターの裏側(キーカップとパッドの間)に空間ができるように取り付けられています

そのため、取り付けられたパッドを上から押すと、レゾネーターがわずかに動きます。パッド裏の台紙がバネのように作用しており、弾力があるのです。ダイアフラムと形状が似ていますね。

こうした弾力のある取り付けになっているから、レゾネーターはサックスの原音(気柱の振動)に共振・共鳴することができます。そしてそれが、サックスの音に厚みや深みといった様々な色彩を付加している。これがパッドの三つ目の機能、レゾネーターとしての機能です。

ですので、サックスのレゾネーターとは、本来はその裏側に空間があることを前提にしている言葉です。

もしキーカップとパッドの間がシェラック等で埋められていたなら、パッドはレゾネーターとしての音響的な機能を併せ持っていません。振動しないからです。言うなればそれらは、音響的には純粋なリフレクターです。

(現在は、製造やリペアの現場で、この空間は埋められることが多いようです。)

以上が、少し分かりにくいサックスパッドのレゾネーターとしての役割です。

パッドの機能というのはおそらく多くの方が思うよりも複雑です。パッドはトーンホールを閉塞し、同時に音を反射するものでもあり、またそれ自体が共振している。

このように三つの役割を併せ持つようにするのが、伝統的なパッドの取り付けなのです。

 

【パッドの役割 6】ピアノやギターにもあるレゾネーター

サックスパッド(タンポ)の三つ目の役割、レゾネーターとしての役割について、例を挙げながら書いています。

ピアノの響板やギターの表板もレゾネーターです。これらは英語でサウンドボードといいます。

過去のサックスの資料を読むと、「(パッド中心の)メタル・ディスクがサウンドボードのように機能する」とあります。

1938 Conn Res-O-Pads “Metal disc acts as sound board”

ピアノの響板は基本的には前回説明したレゾネーター・ギターのレゾネーターと同じ構造です。前回はドンブリの様な形でアルミ製でしたが、ピアノの響板は平板で木製です。

「ピアノのしくみ 音が出るしくみ」YAMAHA楽器解体全書

「Grand Piano Stringing」wengleemusic.com

響板の上にブリッジ(駒)が取り付けられており、そこに弦が張られています。弦が振動すると、ブリッジを介して響板が共振するという仕組みです。響板は厚さ8ミリ程度の薄い板です。だから振動するのですね。

「Grand Piano Bridge」wengleemusic.com

また、響板を木製にすることで、高い周波数をカットし、音にまろやかみを持たせているそうです。このように響板はピアノ音作りにも深く関係しているのです。

「ピアノの響板は響かせないための板でもある」YAMAHA楽器解体全書

また、ギターの表板も英語ではサウンドボードです。

表板の裏側にはブレイシングという複雑な補強板が取り付けてあります。その補強板の取り付け方で共振のしかたが変わり、音色に大きな変化があるようです。

「ブレイシングとはなんぞや」クロサワ楽器

ブレイシングをどのように張るかはギター職人それぞれのこだわりがあって、そのことは『アコースティック・ギター作りの匠たち』に詳しく書かれています。

『アコースティック・ギター作りの匠たち』Amazon

私はギターは弾けないのですが、読んでいて楽しい本です。職人たちの並々ならぬ情熱を感じます。

このようにサウンドボード(レゾネーター)というものは、それ自体が振動するものであり、また楽器の音作りにとって重要な機構なのです

次回はサックスの話に戻ってきます。