三木俊雄氏のレビュー

Toshio Miki

僕は2015年の8月からこのKen Okutsu Traditional model 7を使っている。
それまでは長年にわたって古いオットーリンクのいわゆるスラント・シグネチャーを使っていて特に不満はなかったのだが、万が一に備えてのサブのマウスピースをずっと探していた。ひところに比べて最近のハンドメイド・マウスピースはどれもレベルが上がってきていて、その中でもコレはというものがいくつかある。そしてその中で遂に出会ってしまったと感じたのがこのKen Okutsuだ。サブを探していたはずが今ではこれをメインに使っている。

誰しもパッと吹いて「これは凄い!」となったもの一週間後にはオクラ入り、という経験はあるだろう。
多くの場合、「少し違和感はあるが多分使っている内に慣れるだろう」と思い、結局はギブアップしてしまう。
僕の経験から言えば、最初に感じた違和感が消えることはなく、むしろそれは次第に大きくなる。そして良い(自分に合った)マウスピースはその日から仕事で使える。
Ken Okutsuは僕にとって数少ない「その日のから仕事で使える」マウスピースだった。

もちろんだからと言って全ての人にとってそうだというのではない。
言うまでもなくマウスピースは非常にパーソナルなものであり、それぞれの志向するサウンドが違うように、マウスピースも十人十色だ。
最初に奥津さんから推薦の言葉を書いてほしいと言われたときにためらいを感じたのはこの点だ。
しかしではなぜこうやって推薦の言葉を書いているかというと、彼のような一般的知名度を持たずにその知識、技術、研究をして素晴らしい仕事をしている職人を評価、応援することは我々の音楽活動にとっても重要であると考えるからだ。

かつて素晴らしいマウスピースを作っていて幾多のジャズ・ジャイアンツがそれを使っていた、という理由で今ではその見る影もないものを作り続け、売り続けているという現実が今なおある。そこにはかつてあったであろう設計思想とそれを支えるクラフトマンシップは残念ながら残っていない、あるのはブランド・ネームバリュー。
こういう現状はおそらく今後なくなって行くであろうが、そのためにも彼のような製作者が必要だ。

材質、レールのカーブ、バッフルとチェンバーのバランス、僅かに凹ませたテーブル、どれをとっても素晴らしい精度で作られている。
最近は人間の手の一切入らない完全マシンメイドのマウスピースのレベルも上がってきており、これには大いに期待してはいるが、現時点ではここまでには至っていない。
僕が今まで吹いてきたマウスピースの中ではこのKen Okutsuは最高のマウスピースだ。

Tenor Traditional Model 7

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